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或る鎌倉の風景〜歌舞伎『桜姫』

sakurahimejpg 雪ノ下、大倉、稲瀬川・・・これは何かと申しますと、四代目鶴屋南北作『桜姫東文書』のセリフに出てくる鎌倉の地名です。長谷寺の僧侶(!)・清玄と、お姫様のドロっとした波瀾万丈の恋物語。生々しい濡れ場あり、韓流真っ青の“運命のいたずら”あり、ジャパニーズホラーあり・・、と歌舞伎初心者でも飽きずに観られるてんこもり作品。

 渋谷のシアターコクーンと平成中村座が組んで上演を続けている>>『コクーン歌舞伎』、今年の演目がこの『桜姫』でした。桜姫は鎌倉が舞台とは知っていたけれど、橋之助の口から「雪ノ下でユーレイが出て大騒ぎ」なんて聞くと、思わず「あら、雪ノ下で?」と返したくなってしまう鎌倉住民。桜姫が子どもと生き別れる重要なシーンとなる稲瀬l川の河畔は、ホームレスが集うよからぬ場所だったらしいというようなこともわかります。

inasegawa 他にも鎌倉界隈が舞台の歌舞伎は数々ありますね。一番有名なのは弁天小僧が「知らざあ言ってきかせやしょう」とタンカを切る『白波五人男』かな。揃いのいでたちに番傘さした五人の男が順ぐりにプロフィールを述べる『稲瀬川勢揃いの場』(また稲瀬川だ!)は、歌舞伎好きでなくともご存知でしょう。

 『暫(しばらく)』は、梶原権五郎景政のハデな衣装とハデな振る舞いが、これまたハデな鶴岡八幡宮のセット上で展開されるゴージャスな舞台。これは歌舞伎十八番の内だから、目にできる機会が多いかも。・・というか、これ、ほんとに八幡宮境内で上演したらすごいリアルで鳥肌ものなんじゃない? ついでに、今の稲瀬川(右写真)に五人衆が勢揃いするスペースはなさそうだけど、河口の海岸でやったら超カッコイイよ、絶対!!
 鎌倉観光協会さん、薪能の次は歌舞伎だってば! お願いしますっ!!

■□追記:今年の桜姫は中村福助でした。お家芸のノケゾリは健在!いよっ成駒屋!

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小町・老舗のお茶屋さん

edamuraen 枝村園は、昭和元年創業の静岡本山茶・京都宇治茶専門店。近年まで小町通り中程にお店を構え、香ばしい香りを漂わせていましたが、今年ミルクホールのある路地のさらに奥に移転してご商売を続けています。由比ケ浜通りの川宗園も閉店してしまったそうで、今や旧鎌倉唯一のお茶屋さんになってしまったとのこと。奥まったところにある新店舗ですが、お茶を買い求める方が次々に現れ、枝村園さんのファンがたくさんいること、ひいては、鎌倉にはお茶にこだわる方がたくさんいるんだということがわかります。

eda02 枝村園の若ダンナ(下写真)は、さらに多くの方に美味しい日本茶の味を知ってほしいとの思いから、店舗に喫茶スペースを設けました。煎茶か抹茶が300円(お煎餅か干菓子付き)、小町の美鈴か北鎌倉のこまき(写真はこまきの“あじさい”)の和菓子をセットすると700円で一服できます。お茶屋さんがきちんとこだわって入れるお茶はさすがにまろやか。一級品の和菓子の甘味を引き立ててくれます。ゆくゆくはお店前の小川に面したアウトドアにもお茶用の席を作りたいとおっしゃっていました。

eda01 私なぞ、心からホッとしたい時、また元気を取り戻したい時など、日本茶のふくよかな香りと独特の渋みを欲してしまうんですが、ペットボトルの普及などで日本茶を入れて飲む機会が減ってしまったというご家庭も少なくないでしょう。せっかく美味しい甘味がたくさんある鎌倉に住んでいるんだもの、お茶の味にもこだわった暮らしがしてみたい。家族のためにお茶を丁寧に入れるぐらいの心のゆとりが欲しい・・・。枝村園の若いご夫妻の誇りをもった笑顔を見て、大切なことを思い出させてもらった気がしました。

■枝村園■ 鎌倉市小町2-3-16  0467-22-1257 9:00〜19:00 日曜定休

 ■□以下、オマケ■□
枝村園の若奥さんは東京出身。鎌倉が好きで、就職先として小町通りの菓子販売店を選んで寮生活。で、枝村園のご主人に出会って老舗のお嫁さんになっちゃったという裏話つき。まさに「住みたい鎌倉」を体現しちゃったスゴい人。そういうパターンもアリか・・と、とっても感心しちゃいました。

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衣張山ワンダーランド!

kinubari01 梅雨入りとともに紫陽花シーズンを迎え、いよいよ鎌倉が混雑する季節の到来です。たまの晴れ間には、人ごみを避けて山登りハイキングに出かけてみてはいかがでしょう。

 衣張山(きぬばりやま)は、大町の奥から浄明寺一帯に広がる標高120mほどの小高い山。北条政子が夏に「雪を見たい」と言うので、頼朝がこの山に絹を張って雪見を真似たという伝承がありますが(ビジュアルイメージは中井vs財前で固まってます)、実は地元で麻布をさらしたことに由来しているらしいとのこと。

 杉本観音のバス停で降りてグラウンド脇を入り、『田楽辻子のみち』(鎌倉時代、この道沿いに田楽師が大勢住んでいたと言われてる)を横切って進むと、間もなく住宅街が切れ、樹木がうっそうと茂る山道へと入ります。この緑の迫力がすごい!義経や弁慶もこの道を歩いたに違いないと確信するほど(もちろんビジュアルはタッキーとマツケンですけどね)、時代や文明とは無縁の景色が広がっています。

KINUBARI04 そこから先は、土の階段道。運動不足を体感しながら10分ほど登ると、頂上の少し手前に巨大な洞窟が出現!! 恐る恐る歩み入ると、むき出しの岩肌に囲まれた空間が奥へ奥へと広がっています。聞けば鎌倉石の採石窟で、室町時代以前に作られたものとのこと。そのインパクトと言ったら、TDLのビックサンダーマウンテンの岩がフェイクじゃなくて全部ホンモノじゃん!って感じ(すごく卑近な例でゴメンナサイ)。

KINUBARI03 『石切り場』を出ると、間もなく頂上につきます。そこは眼下に鎌倉の市街〜相模湾が広がり、晴れた日には富士山も望めるという最高の展望スポットです。平地になっていてベンチもあり、お弁当を広げるのに最適。しかも、ほとんど人が来ない!絶景ひとりじめ!

 頂上からは、ハイランド方面に向かって子ども自然ふれあいの森を通り、名越トンネル脇に出るコースがおすすめです。日蓮上人の史跡や、鎌倉七口の一つである名越の切り通しなど、こちらも見所満載。下りコースのご案内は、いずれまた。

※コースの詳細をお知りになりたい方、Morikawaさんのサイト>>鎌倉紀行 鎌倉ハイキングと観光ガイドをお訪ねになるといいですよ。


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人と車を分けるもの

road03 全国的にガードレールに危険物が刺さっているという異常な事態が発覚し、鎌倉市内でも30カ所以上で不審な物体が発見されたと聞きます。事の真相はいまだ薮の中ですが、「みんなで身近な道路をチェックしましょう」という連絡を受けて気づきました。「鎌倉駅周辺ってガードレールないんじゃん!」

 最も交通量が多い若宮大路は、写真のように生垣&竹垣と、石づくりのポール&鎖の組み合わせで車道と歩道が区切られています。これって、かなり景観に配慮されてますよね。他にも銀のポールが並んでいる箇所(写真1)などありましたが、旧鎌には「何もなし。白線だけ。(写真2)」という道路が圧倒的に多いです。
 だいたい鎌倉の道は狭い。狭いからガードレールはもとより、段差のある歩道だってつけられない。それこそ、人と車が牽制しあってやっとこ通っているような道が多いのです。これは地域の母親たちの悩みのタネで、中には傍若無人な運転者もいるから、歩いている小学生がミラーに引っ掛けられたとか、足の甲を轢かれて骨折したなんて話はしょっちゅうあります。ほんとに。
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 岐れ道のあたりまで行くと、ガードレールを発見(写真3)。しかも明らかに車がこすった痕が・・。こんな無骨な代物でも、ないよりあった方がいいのでしょうか・・?

 例えば清泉小学校の周囲の道には、歩道を分ける白線すらありませんが(写真4)、桜並木が張り出した石貼りの道をスピード出して走り抜ける車なぞ見た事ありません。あるいは、フタがない側溝が残る道(写真5)。こんな道、危ないに決まっている。だから人も車も注意して通行する。たまに小学生が落っこちたりもするんでしょうが、「危ないからフタをしろ!」と行政に文句を言うのではなく、お互いの見識にまかせている地域の方々はホント立派だと思います。
road02

 ガードレールがあるからと言って、危険運転が減るわけじゃないですよね。車と人を安易に分けるのではなくて、共存して行く方法を探って行く。街づくりの基本のような言い回しではありますが、特異な道路環境を持つ“鎌倉”でこそ、その「理想の型」を求めやすいのではないかなと思った次第です。世界遺産登録で人も車も人力車も道路にあふれかえる最悪の事態に陥る前に、まず一考すべきテーマでしょ?


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